風のいちにち

<<そういうつもり  | ホーム | HEIYA, LOVE>>

スポンサーサイト 

--.--.--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

あの子はいったいどうしているだろうか 

2009.12.04

SF1

 
   一瞬、空気の流れが止まった気がした。

   私に正面を向いて座る受付のリサと話していると、 左手の階段を上って黒人の少年がひとり、 ドアを

   開けて入ってきた。


   私はすでに、その小さな語学学校に通いながら裏庭の水やりでささやかなバイト代を稼いでいたが、

   まだ他に何か仕事がないか、リサに相談しているところだった。 当時留学ビザでサンフランシスコに

   いた学生たちは、街で働くことは違法であったが通う学校が斡旋する主に構内でのアルバイトは

   許されていた。 私たちの間では、ダウンタウンのレストランでこっそり皿洗いをしていたメキシコ人

   留学生が捕まったとか、 日本人留学生が保冷庫に隠れたけど見つかったとか、韓国人留学生が

   間一髪で逃げたとかそういう情報が親しい間柄ではなくても日常的にひそひそと、自虐的な笑いを

   交えながら交換されていた。

   
   私の相談にリサは少し考えてから机の上にどっさりと、数千枚はあったろうか、A4版のうすい緑色の

   紙の束を置いた。それは、この学校の生徒募集チラシだった。

   「これを貼る仕事があるわ」

   私は一瞬、息をのんだ。

   高校を卒業してから、そして短大を卒業してからも、いろんなアルバイトをしてきた。 だが、チラシを貼る

   仕事をしたことはなかった。 選択肢として考えたこともなかった。 私の頭に、この美しい街の中の

   さまざまな店の窓や通りの壁や柱に、ときに丁寧に、そして場所によっては小さなスペースを奪い合う

   ようにベタベタと乱雑に貼られた、色とりどりのチラシが浮かんだ。

   そんな仕事やりたくないという感情が湧きあがった。

   その一瞬の沈黙に、彼が入ってきた。


SF2  

 

   14、5歳くらいだろうか、私より5つくらい年下に見えた。

   ひょろっとして小柄な身体つき。 手にはなにも持たず、まるで散歩の途中に立ち寄ったかのようだった。

   彼は少しおどおどした眼差しとは裏腹な、しっかりした足取りで一歩前に踏み出した。 

   私は初め同じこの学校に通う生徒かと思ったのだが、ぎごちなくなった場の空気とリサの事務的な

   「May I help you?」に、彼が突然の訪問者であることを知った。

   少年は何の前置きもなく言った。

   「何か仕事はありませんか?」

   リサは少し同情したような表情になって、小さくため息をついた。 そして

   「ごめんなさいね、でも」 と言い、少し間をおいてからはっきりとした声で

   「残念ながら、ないわ。」 と答えた。

   私はそのとき、ぽかーんという顔をしていたと思う。

   ぼそぼそと話す少年の言葉がすぐ聞き取れなかっただけでなく、別の意味で、目の前のやりとりの

   意味がすぐにはのみこめなかったのだ。 しかし徐々にどうやらその少年は、仕事をさがしている

   らしいということがわかりはじめた。 だがそれでもまだ、自分よりあきらかに年下の少年が、見知らぬ

   場所にいきなり飛び込んで、ささやかでも収入を得ようと仕事を請うているという現実があることを

   なかなか理解できなかった。 


   彼は、「ない」という答えを予期していたかのように、落胆している風には見えなかった。

   そしてそのままもときたドアを開けてすんなり帰るかと思いきや、リサの机の上にある紙の束を目にした

   途端、希望の光が一瞬見えたように、ほんのちょっと高くなった声で言った。

   「それは、何?」

   リサは、やれやれという風にいつも彼女がそうするように金色と栗色がミックスしたストレートのボブを

   左耳にかけてから

   「これはすでに彼女の仕事なの」と、その手のひらを上に向けて私を差した。

   私はあわてた。 呑気な観客でいたのに突然スポットライトがあたった気分だ。

   え?そうなの? 内心とまどった。 私やんなきゃいけないの? なにか仕事はないかと聞いたのは

   私自身であることなど十分わかっていたのだが。

   にこりともしない少年の大きな黒い瞳がまっすぐ私に向けられた。 だが、何も言わない。

   私も何も言うことができず、ただじっとしていた。

   「そうなの、これ私の仕事よ!」と、安いTVドラマのような演技ができる器量はなかった。

   
   その少年の大きな瞳には、さっきとはあきらかに違う大きな落胆の色が見えた。 そして黙り込んで

   しまった。 そのことに私はショックを受けていた。

   そんなにしたいの、こんな仕事。 私なんて嫌がってるんだよ。

   彼はやがて気を取り直したようにリサの方に再び目をやった。 そして 「Ok,see you.」 と

   ひとことだけ言い、後ろを向いてドアを開け階段を下りて出て行った。

   ほんの5分ほどの出来事だった。


   少年の足音が消えるのを確認したからなのか、リサはほっとしたような顔になって私の方に向き直った。

   そして何事もなかったかのように、私にチラシ貼りの説明した。 

   私にはためらう気持ちの変わりに、罪悪感のような後ろめたさがじわじわと湧きあがりはじめていた。
 
   「ちゃんとやってね。私も自分の家に帰るまでの間で、あなたの仕事を時々見てみるわ。」

   さぼろうと思えばさぼれる仕事だからということだ。 私はリサの言葉にうなずいた。 

 

SF3

   
   そのチラシ貼りの仕事を、私は授業が終わった後の時間を使って約2週間がかりで終えた。

   ドラッグストア、 カフェ、レストランなどありとあらゆる店に、少しでも躊躇すると足がすくんでしまうので、

   何も考えないようにしてドアをあけ、笑顔をつくってなるべく明るい声で、外に面した窓か、 どこかの壁に

   貼らせてもらえませんかと愛想よくお願いし、断られたり貼ったりを繰り返した。

   同時に、むき出しの壁があるあらゆるところ、乱雑な場所には他の広告を押しのけるように無理やり

   ねじこむようにし、きれいな場所には丁寧にまっすぐに貼っていった。

   おおらかなラテン系の人たちがすむエリアでは簡単だった。 みんなフレンドリーというかかまわないと

   いうか、チラシはどんどん減っていった。 逆にストイックな美を好む日本人街のお店ではほとんど

   断られた。  同じ日本人なのにと最初は少しショックだったが、よく考えると、自分だって断るよなぁ、

   やっぱり私も日本人なんだなと、自分を納得させる答えを見出して苦笑したりした。 断られ続けて

   へこみそうになるとあの少年の姿が頭に浮かんだ。

   すべての紙を貼り終わる数日前、リサが学校で声をかけてきた。

   「このあいだ家の近くのカフェに貼ってるチラシ、見たわよ。ちゃんとやってくれてるのね。」 


   あれから長い月日が流れるうちにも、時折あの少年のことを思い出した。

   調子がいいときはすっかり忘れているのだが、仕事で行き詰ったときや転機を迎えたときに

   あのにこりともしない大きな瞳と、少しうなだれたようにドアをあける小さな背中、リズミカルに

   階段をかけ下りる足音を思い出した。


   あの子は今いったいどうしているんだろう。 あれから何か仕事をもらうことはできただろうか。

   大人になって仕事に就くことはできているだろうか、家族をもって、ちゃんと暮らしているのだろうか。

   考えてもどうにもなることでもないとわかっている。 

   ただ、幸せでいてくれればと願うばかりだ。



   

スポンサーサイト

コメント

 

今日のブログを拝読して、このブログの真骨頂を味合わせて頂きました。
この才能は埋もれることなく、もっと認知され開花する事でしょう。

最初の1枚の写真は、米軍基地の前で生まれた私にとっては、懐かしい
光景でした。
通っていた小学校には、多くの「あいの子」という混血児がおりました。
消息が分かるのは一人だけで、ほとんどが施設に入れられてしまいました。
あの子たちは、今いったいどうしているのだろう?
読み終わって、思い出しました。

 

雑人さん 大げさでございますよ。笑  記憶の彼方に消えてしまっていたことも、何かのきっかけですごく鮮やかに浮かんできたりしますよね。 年末ですから、少し切なくなってもみましょうか。笑

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://nonomon15.blog71.fc2.com/tb.php/45-a05c998a

 | HOME | 

お天気、いいかなぁ
最近の記事
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイブ
最新コメント
Access
QRコード
QRコード
Ranking
Profile

nonomon

Author:nonomon
愛媛生まれ
大阪→サンフランシスコ→東京→札幌→東京、2008年秋から岩手→2013年春、第二の故郷へ

リンク
ブログ内検索
これまでのいちにち
www.flickr.com
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。