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ざわざわしている 

2012.12.12

     
     約1年前のこと。

     正月休みで帰省した際に訪れた愛媛県松山市にある伊丹十三記念館の壁一面には

     十三さんの父君、 伊丹万作さんの「戦争責任者の問題」という文章が掲示されていた。

                 (行ったときの写真 → コレ )


121212


     

     それは太平洋戦争が終わった翌年の1946年、昭和21年に書かれたもので、私と夫は

     原発事故の影響への不安、今まで無防備に信頼していた国や多くの専門家たちに対する

     不信、そして誰ひとり謝罪もせず責任追及もされないことで悶々としていたのだが、

     何故こんなことになってしまったんだろうと問い続けたそのひとつの答えにようやくめぐりあって

     けれどそれは私たち自身に容赦なくまっすぐとつき返されて、しばしその大きな壁一面いっぱいの

     文章の前にたたずんでしまった。


     そしてほぼ一年たった今再び、その文章を読み返してみる。

     先日の激しい大地の揺れだけでなく、憲法改正だの徴兵がどうだの日々選挙絡みで伝え聞く

     ことに胸がざわざわ揺れている。どうしようもなく怒りが湧いてくる。

     今だから大切かもしれない、その文章の一部を紹介させていただきたいと思う。



121212-1


     

     伊丹万作 「戦争責任者の問題」 ( ちくま学芸文庫 「伊丹万作エッセイ集」 )より

  
        (略)       

         さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。 みながみな口を揃えて

        だまされていたという。 私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間は

        まだ一人もいない。 ここらあたりから、もうぽつぽつわからなくなってくる。 多くの人は

        だましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、

        それは実は錯覚らしいのである。 たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと

        思っているが、軍や官の中にはいればみな上のほうをさして、上からだまされたと

        いうだろう。 上のほうへ行けば、さらにもっと上のほうからだまされたというに

        きまっている。 すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、

        いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。



121212-2
         
        

         すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えているよりもはるかに多かったに

        ちがいないのである。 しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに

        劃然と分かれていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の

        瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なく

        くりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になって互いにだましたりだまされたりして

        いたのだろうと思う。


121212-3

 

        (略)

          つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ

         戦争は起らない。 だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないという

         ことになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと

         考えるほかはないのである。

          そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にある

         のではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、

         家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、

         無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。


121212-4


         (略)

          我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。 しかしいままで、奴隷状態を

         存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁(ちょうりょう)を

         許した自分たちの罪を真剣に反省しなかったならば、日本の国民というものは永久に

         救われるときはないであろう。

         「だまされていた」という一語の便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気で

         いる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して

         暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。


         「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされる

         だろう。 いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。


                                             
                                                      (引用終わり)


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 121212-6



     濃厚なバター。 あまーいお砂糖。 さらさらの小麦粉。 新鮮な卵。 

     できあがったふわふわの蒸しパンに、なんとジャムもつけちゃおう。


     万作さんがこの文章を書いた頃にはごくごく一部の特別な、限られたひとたちだけが

     口にできたもの。 当時ハタチに満たなかった私の両親や傷ついたたくさんの大人たち

     飢えた子供たちにとっては夢のまた夢だったもの。 それを私は今、ためらうこともとまどう

     こともなくさっと手を伸ばし、むしゃむしゃ食べる。 

     大切な家族や友人知人が生きて戦地から戻ってくるのか案ずることもない。


     「これまで平和憲法に感謝したことは微塵もない」 と堂々とのたまう老いた政治家がいる。

     突然甘い言葉をささやきはじめたひとたちもいる。 一票を得るためにあわてて東北に

     やってくるひとたちも。

     いつも自分や自分の家族だけは安全なところに居て、国を守れ取り戻せと大声でさけぶ

     そのひとたちを私は嫌悪する。 平和のナニが悪いのと毒づきながら、贅沢を貪る。




     
    
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大阪→サンフランシスコ→東京→札幌→東京、2008年秋から岩手→2013年春、第二の故郷へ

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